『千載和歌集』(『千載集』)

古典への扉

 『千載和歌集』(『千載集』)は、第七勅撰和歌集後白河院の命により、藤原俊成(釈阿)が編纂した。全20巻。1288首。冒頭に俊成の「仮名序」を付す。主要歌人は、源俊頼・藤原俊成・藤原基俊・崇徳院ら。一条朝から後鳥羽朝に至る17代・約200年を撰歌範囲とし、当代歌人の歌が多いのが特徴である。撰歌は格調や叙情を重んじてゐるが、本歌取などの技法を用ゐた歌もあり、『新古今和歌集』の先駆けともなつてゐる。
 小生は、随分前に岩波文庫『千載和歌集』(久保田淳 校注)で読んだ。近年の岩波文庫『拾遺和歌集』『後拾遺和歌集』『金葉和歌集』『詞花和歌集』などは、見開きで右ページに本文・左ページに注を置き、注にかなりのスペースを割いてゐるが、これは1986年刊行で、脚注形式である。注の内容は、語釈・大意・参考となる詩歌や本説や本文の異同であるが、スペースの関係で注は簡素である。歌全体の大意があるものは少ない。巻末に、補注・解説・和歌索引・作者索引を付す。(アイキャッチ画像は、現行のミラーコート紙カバーのもの。下の写真は、小生が読んだパラフィン紙カバー時代のもの。)

 『千載和歌集』の全注釈は、他に笠間書院笠間叢書『千載和歌集』岩波書店新日本古典文学大系『千載和歌集』和泉書院の和泉古典叢書『千載和歌集』がある。
 笠間叢書『千載和歌集』(久保田淳・松野陽一 校注)は、未見だが、頭注形式で、注は、当該和歌を収める同年代の歌書の書名・部立・詞書、人名・地名・参考の詩歌・参考の故事などを摘記したといふ。巻末に校異・補注・作者略伝・初句索引を付す。
 新日本古典文学大系『千載和歌集』(片野達郎・松野陽一 校注)は、脚注形式で、注は、大意・語注・参考事項を記す。大意は、ほぼ現代語訳で、原文に忠実だが多少言葉を補つてゐる。(「序」は、大意は無い。)巻末に、他出文献一覧・解説・索引(地名索引・人名索引・初句索引)を付す。

 和泉書院の和泉古典叢書『千載和歌集』(上條彰次 校注)は、頭注形式で(「序」は3段組で下段に口語訳を置く)、注は、出典(採歌資料)、語釈、歌意(口語訳)、読解・鑑賞上の要点、配列・構成面から見た他歌との関係などについて記す。歌意(口語訳)は、解りやすく言葉を補つてゐる。初めに解題を置き、巻末に、校訂付記・補注・付録(歌題一覧・歌枕地名一覧・作者略伝・詞書人名索引・和歌初句索引)を付す。
 なお明治書院から和歌文学大系『千載和歌集』(赤瀬信吾 校注)刊行予定だが、2026年3月現在未刊。
 平凡社東洋文庫『八代集3』(奥村恆哉校注)は、本文だけで注釈は無い。(東洋文庫『八代集』の注は、勅撰集・説話・歴史物語・歌学・歌論への引用の注記のみで、語釈などは無い。)

 今『千載和歌集』を原文で読むのなら、携帯の便を考へれば岩波文庫『千載和歌集』(久保田淳 校注)だが、注がやや簡素なので、丁寧に読まうと思つたら、新日本古典文学大系『千載和歌集』(片野達郎・松野陽一 校注)和泉古典叢書『千載和歌集』(上條彰次 校注)がいいだらう。
 教科書に『千載和歌集』からとして歌が採られることはほとんど無いが、教科書によく載る鴨長明の歌論『無名抄』「俊成自讃歌のこと」の「夕されば野べの秋風身にしみて鶉鳴くなり深草の里」などは『千載和歌集』所載歌である。また、これも教科書によく載る『平家物語』巻七の「忠度都落」の段で、平家一門が都落ちする際に、途中から引き返してきた平忠度が自詠百首余りを書き留めた巻物を俊成に託し、俊成は「さゞ波や志賀の都は荒れにしをむかしながらの山ざくらかな」の歌を、勅勘の人であるからといふので、忠度の名を伏せて読人知らずとして『千載和歌集』に入れたのも有名な話である。

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