2026.01.19
都営地下鉄大江戸線の「中井駅」から「新江古田駅」へ向かつて、妙正寺川から江古田川の川沿ひの道を公園や寺社を巡りながら歩く。

大江戸線「中井駅」のA1出口を出ると、すぐ南側に真言宗の「最勝寺」がある。なかなか立派な建物である。


山手通りを北上し、「落合第五小学校」の傍らの側道を下る。このあたりは、山手通りの下を首都高山手トンネルと都営大江戸線が並行して走つてゐる。

「中井ふれあい橋」を渡り、「妙正寺川」沿ひの遊歩道を歩く。

「中井ふれあい橋」のあたりは、西武新宿線「中井駅」の裏手に当たり、遊歩道沿ひにクレープショップや居酒屋やラーメン屋などさまざまな店が並んでゐる。


「妙正寺川」には、いくつもの橋が架かり、欄干にレリーフがある橋も多い。

「水車橋」には、歩道に水車の絵のタイルが埋め込まれてゐる。このあたりにかつては水車があつたのだらう。


「水車橋」を渡つて坂を登ると、狭い地域にいくつもの寺がある。写真は、上から順に真宗大谷派「神足寺」・曹洞宗「金剛寺」・真宗大谷派「願正寺」・天台宗「境妙寺」である。




曹洞宗「宝泉寺」の入口脇に各寺の道標があつた。


「宝泉寺」の隣の曹洞宗「功運寺」は、吉良義央(上野介)や林芙美子の墓などもある由緒ある寺で、門も歴史を感じさせるものだつたが、境内で幼稚園児が遊んでをり、門の前に警備員もゐたので、写真は遠慮した。
来た道を引き返し、遊歩道をさらに進むと「水車上橋」の袂に「落合公園」がある。

「落合公園」側の道は、西武新宿線の線路の手前で進めなくなるので、対岸の「第五中学校」の傍らの道を行く。

遊歩道は西武新宿線の線路の下を潜るやうになつてゐる。線路の向かうに「目白大学」の校舎が見える。

しばらく行くと「葛橋」があり、その北側には「中野上高田公園」がある。野球や庭球(テニス)などの運動施設があるやうだ。

「葛橋」を渡り、御霊坂通りといふ細い坂道を登ると、「御霊神社」がある。



「上高田公園」の下には、「妙正寺川上高田調節池」がある。「上高田調節池」は、妙正寺川の治水安全度を早期に向上させるために整備された妙正寺川調節池群の一つであり、地下箱式の調節池で、上部・下部の 2 段階で貯留する構造となつてゐる。(東京都のHPに拠る。)

遊歩道を歩いてゐると、劇場の座席のやうな階段型のベンチがあり、媼が日向ぼつこ(?)をしてゐた。

その先にある「西落合公園」は、少年野球場が隣接してゐる。

「西落合公園」の少年野球場を越えると、哲学堂通りがある。

「哲学堂公園」には、川沿ひの道からも入れるが、哲学堂通りの坂を登り、正面口から入ることにする。
「哲学堂公園」は、1904年(明治37年)に哲学者で東洋大学創立者の井上円了によつて精神修養の場として創設された。哲学世界を視覚的に表現し、哲学や社会教育の場として整備された全国に例を見ない個性的な公園である。2020年、国名勝に指定された。(「哲学堂公園」HPに拠る。以下の説明も同HPの記述を小生が要約した。)

「哲理門」は、哲学の世界への正門に当たる。「哲理」とは、人生や世界の本質などに関する奥深い道理を意味して、それらを探究することが哲学であるとする。公園内には、この「哲理門」を初め、いくつもの古建築がある。

「宇宙館」は、井上が「哲学は、宇宙の真理を研究する学問である」として、哲学上の講話や講習会を行ふための講義室として建てたもの。

「四聖堂」には、井上円了が世界の哲学者の中から選んだ四人の聖人(釈迦・孔子・ソクラテス・カント)が祀られてゐる。当初は「哲学堂」と呼ばれ、公園名の起源である。

万巻の書を哲学界の万象と見立て、それを読み尽くせば「絶対の妙境」に到達できるといふ道理を示して、図書館機能を有する建物を「絶対城」と名付けた。屋上には、読書後の休憩場所として観察境(観望台)が置かれ、かつては富士山を望遠することができたが、現在は一般公開してゐない。

左の朱塗りで三層六角形の「六賢台」は、哲学堂公園のシンボル的な建物である。東洋の六賢人として、荘子・朱子・龍樹迦比羅仙・聖徳太子・菅原道真が祀られてゐる。
右の「無尽蔵」は、井上円了が行つた3回の世界旅行と全国巡講をした折に蒐集した各地の品々を展示してゐる建物で、博物館の機能を担つてゐる。(現在は、蒐集物の多くは、「中野区歴史民俗資料館」や「東洋大学井上円了記念博物館」に所蔵・展示されてゐる。)

妙正寺川沿ひの斜面の林の中の道を降り、青い橋を渡ると、宗教・哲学・法を代表する人々の像が置かれた「哲学の庭」があるが、残念ながら「哲学の庭」周辺は撮影禁止とのこと。

「哲学の庭」を越えてさらに進むと、「天神橋」があり、川の両側に「江古田公園」がある。北側は、トイレやベンチや遊具もある整備された公園で、南側は、樹木の茂る土手に遊歩道がある。

「江古田公園」内で、妙正寺川に江古田川が合流してゐる。ここからは江古田川沿ひを行く。

新青梅街道の江古田川に架かる「江古田大橋」を渡つた所で右に折れて、川沿ひの細い道を歩く。

「不動橋」の欄干には、〝江古田川の万垢離行事〟の絵が飾られてゐる。かつては毎年5月に「万垢離」といふ行事が行はれてゐたさうだ。

「不動橋」からは川沿ひの道が通れないので、少し離れた道を歩いてゐると、壁(窓?)に派手にポスターが貼られた「丸西 三河屋酒店」といふ酒屋があつた。

「下の原橋」からまた江古田川沿ひの道を行く。

「本多橋」の袂に「本多山公園」がある。小さな公園だが樹脂製の遊具もあり、母子が遊んでゐた。


「本多山公園」を越えると、「西原橋」の先に「江古田の森公園」の「樹林広場」がある。「保存樹林」もあり自然が残されてゐる。


「江古田の森公園」は、「国立療養所中野病院」(前身は肺結核の療養所の「東京市療養所」)跡地の豊富な既存樹林を生かした中野区立の防災公園である。公園内には、古くから縄文土器が大量に採取された「江古田遺跡」がある。

公園内には、盆地状の「幼児広場」「小広場」「多目的広場」があり、大雨により江古田川の水位が上昇すると、公園内に一時的に水を溜めて川の氾濫による下流地域の被害を防ぐ「江古田の森調節池」になつてゐる。各広場の境には、石垣で囲まれた高台があり、江古田川の水が流入して広場が池になると〝中之島〟のやうになるのだらう。

公園中央には、池(ビオトープ)がある。

公園内の「公園橋」の欄干には、「江古田獅子行列」絵巻の絵が描かれてゐる。

公園内の「江古田憩い橋」を渡り少し歩くと、江古田通りにぶつかる。江古田通りを北上すれば都営地下鉄大江戸線「新江古田駅」に至る。


江古田通りを歩いてゐると、「江古田珈琲焙煎所」があつた。自家焙煎の珈琲の他、トーストやケーキもあるらしいが、残念ながら定休日。(昼食後、水分も摂つてゐなかつたし、間もなく午後3時で小腹が空いてきた。)

「新江古田駅」に着いた。大江戸線に乗り、東中野で珈琲時間にしようと思ふ。




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