2026.01.23
赤染晶子『乙女の密告』(新潮文庫)読了。第143回芥川賞受賞作。
最近は、現代文学の新刊を単行本で読むことは少ない。(かつては石川淳・吉行淳之介・丸谷才一・田久保英夫・古井由吉・大江健三郎など、偏愛する作家の新刊が出ると大抵購入して読んでゐたが…。)評判になつた作品も、文庫になるのを待つて読む。少なくとも読まうと思つて買つて積んでおく。これもそんな〝積ん読解消の読書〟の一である。
小説の舞台は、圧倒的に女子が多い京都の外国語大学。主人公のみか子は、変はり者のバッハマン教授担当のドイツ語のスピーチのゼミの〝乙女達〟の一人である。〝乙女達〟は、スピーチコンテストに向けて、『ヘト アハテルハイス(アンネの日記)』の暗唱に苦しんでゐる。これから読む人もゐるだらうから、古典の場合とは違つて詳しくは書かないが、そんな中で〝乙女達〟特有の問題が展開し、それが『ヘト アハテルハイス(アンネの日記)』と重なつていく。軽妙だが、奥底に切実なものを抱へてゐる小説である。(もつと早く読めば好かつた。)
小生は、この小説を読みながら、(この小説で語られてゐることとはちとズレるかもしれないが)なだいなだの「残酷と想像力」(『人間、この非人間的なもの』所収)といふエッセイの一節を思ひ起こしてゐた。一部を引用しておく。
私たちの思考には、想像力による再現によって現実に近づき、逆に抽象化によって、現実からとおざかろうとする性質があります。そして、この抽象化によって現実からはなれればはなれるほど、残酷な面が現れてきます。たとえば、ナチスはユダヤ人を収容所に入れる時、名前をはぎとり、番号で呼ぶことにしましたが、あの番号で呼ぶという抽象化が、残虐行為を楽に行わせるのをたすけたのでした。
さらに、ネット上でも話題になつてゐる今年度の灘中学の「国語」の入試問題で出題された〝パレスチナで起きていることをきっかけに書かれた詩〟を想起した。その詩の一部を引用しておく。作者は、ガザ地区のパレスチナ人の子供ゼイナ・アッザーム。
あしに おなまえかいて、ママ
くろいゆせいの マーカーペンで
ぬれても にじまず
ねつでも とけない
インクでね……
あしに おなまえかいて、ママ
すうじはぜったい かかないで
うまれたひや じゅうしょなんて いい
あたしはばんごうになりたくない
あたし かずじゃない おなまえがあるの……
著者は、エッセイ『じゃむパンの日』(palmbooks)でも評判になつたが、2017年急性肺炎で急逝してしまふ。残念である。



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