『方丈記』

古典への扉

 『方丈記』は、注釈書を変へて6回(多分)読んだ。
 最初に読んだのは、大学の時で、新潮日本古典集成『方丈記 発心集』(三木紀人 校注)で読んだ。古典集成は、頭注形式で、本文の傍らにセピア色で一部現代語訳を付す。注は、詳細である。この「古典集成」版の特色は、同じ作者(鴨長明)の著した仏教説話『発心集』を併載してゐることである。巻末に「解説 長明小伝」「長明年譜」を付す。

 次に、角川文庫(現在は角川ソフィア文庫)の『方丈記 付現代語訳』(簗瀬一雄 訳注)で読んだ。脚注付きの本文を掲げ、その後に補注・現代語訳を載せる。補注は詳細である。さらに、解説の他に、参考資料として『方丈記』の異本の本文及び安元の大火などについての『平家物語』の記述や慶滋保胤『池亭記』など種々の文献を付す。語句索引も詳細である。簗瀬一雄には、詳細な注釈を付した『方丈記全注釈』(角川書店)もある。(現在は、オンデマンド出版。大きな図書館にならあるかもしれない。)

 次に、講談社文庫『方丈記』(川瀬一馬 校注・現代語訳)でも読んだ。やはり脚注付きの本文を掲げ、その後に補注・現代語訳・解説を載せる。

 さらに、講談社学術文庫『方丈記全訳注』(安良岡康作 訳注)で読んだ。本文を12の段落に分け、本文を掲げた後に、現代語訳・注釈・解説を載せる。注釈(語注)は、かなり詳しい。巻末に付された「『方丈記』概説」も、文庫としては詳細である。

 また、小学館完訳日本の古典『方丈記 徒然草』(「方丈記」の訳注神田秀夫)で読んだ。脚注付きの本文を掲げ、その後に現代語訳・解説を載せる。「日本文学全集」版や「新編日本文学全集」版に比べると、注はやや簡素である。

 一番最近読んだのは、ちくま学芸文庫『方丈記』(浅見和彦 校訂・訳)である。これは、最初に原文を全文まとめて掲げ、その後に改めて短い段落に分けた本文・現代語訳・評を載せる。必要に応じて事項の注もあるが、語釈は無い。ただし、各段落に付された評は詳細であり、作品の背景など作品理解の助けとなる事柄について述べてゐる。

 他に、現在の主な『方丈記』の注釈書としては、「新日本古典文学大系」版・「岩波文庫」版・笠間文庫「原文&現代語訳シリーズ」版・角川ソフィア文庫「ビギナーズ・クラシックス」版がある。
 岩波書店新日本古典文学大系『方丈記 徒然草』(「方丈記」の校注佐竹昭広)は、脚注形式で、現代語訳は無いが、注はかなり詳細である。また、付録として、「池亭記」の他、一条兼良本『鴨長明方丈記』、「方丈記」の略本三種、「鴨長明集」(鴨長明百集)を付す。

 岩波文庫『新訂 方丈記』(市古貞次 校注)は、脚注形式で、補注を付す。付録として、底本としてゐる「大福光寺本」(国宝)の影印と翻刻を載せてゐるのが特徴。「大福光寺本」は、最古の写本で(作者自筆説もある)、ほとんどの注釈書がこれを底本に採用してゐる。

 笠間文庫『原文&現代語訳シリーズ 方丈記』(浅見和彦 訳注)は、全体を14の段落に分け、段落ごとに、まづ脚注付きの本文を掲げ、その後に現代語訳と解説を付す。解説は、かなり詳しい。

 角川ソフィア文庫『ビギナーズ・クラシックス日本の古典 方丈記(全)』(武田友宏 編)は、全体を37の段落に分け、段落ごとにまづ現代語訳を掲げ、その後に原文・解説を載せる。ただし、語釈は無い。原文よりも現代語訳で読む読者を想定してゐるのだらう。図版や写真が多く、初学者向けに解りやすく作られてゐる。(角川ソフィア文庫の「ビギナーズ・クラシックス」は、基本的に本文は有名な箇所の抜粋だが、作品全体が短い「竹取物語」「土佐日記」「方丈記」「おくのほそ道」などは全文を載せてゐる。)

 今、『方丈記』を原文で読むのなら、携帯しやすく注釈の詳しい「講談社学術文庫」版が良いと思ふ。「笠間文庫」版も、(名前は文庫だけれど)文庫よりは大きいが、ソフトカバーでそれほど携帯しづらくはないと思ふ。大きさが気にならなければ、これもよい。古語の知識がある程度ある人なら、同じ訳注者(浅見)の「ちくま学芸文庫」版でもよいだらう。一般的な注釈書としては最新のものである。逆にそれほど古典を読み慣れてゐない人には、角川ソフィア文庫「ビギナーズ・クラシックス」版も解りやすい。ただし、語釈は無い。現代語訳で読むことを基本としてゐるのだらう。

 『方丈記』は、教科書には、有名な冒頭の他、「安元の大火」「養和の飢饉」などがよく採られてゐる。小生は、教材研究の際には、「講談社学術文庫」版・小学館完訳 日本の古典」版(職場では「日本古典文学全集」版)を基本にし、必要に応じて角川書店『方丈記全注釈』(簗瀬一雄 訳注)を参照した。岩波書店「新日本古典文学大系」『方丈記 徒然草』が出てからは、それも見るやうにした。
 さらに深く『方丈記』を読み解かうとする人は、近世から現代に至る方丈記研究の成果を整理した簗瀬一雄『方丈記解釈大成』(大修館書店)などを見られたし。

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