『金葉和歌集』(『金葉集』)は、第五勅撰和歌集。白河院の命により、藤原俊頼が編纂。全10巻。10巻としたのは、当時は正当と見られてゐた藤原公任撰『拾遺抄』に倣つたとされる。「序」は無い。俊頼は、編纂した『金葉和歌集』を白河院に奏覧するが、二度まで返されてしまひ、三度目でやうやく納められた。従つて、『金葉和歌集』には、最初に奏覧した初奏本・二度目に奏覧した二度本・三度目に奏覧した三奏本の3系統の伝本がある。本来ならば三奏本が正式なものだが、これは宮中で秘蔵されてしまひ、流布し享受されたのは二度本である。(二度本精選の過程で切り出されたと思しい補遺歌を含めて)710首余。主要歌人は、源俊頼・源経信・藤原公実・藤原顕季ら。
小生は、岩波書店の新日本古典文学大系『金葉和歌集 詞花和歌集』(『金葉和歌集』の校注担当は川村晃生・柏木由夫)で読んだ。
新日本古典文学大系『金葉和歌集 詞花和歌集』(『金葉和歌集』の校注担当は川村晃生・柏木由夫)は、脚注形式で、注は、大意・語注・参考事項を記す。大意は、ほぼ現代語訳で、原文に忠実だが多少言葉を補つてゐる。巻末に、付録として三奏本『金葉和歌集』・他出一覧・出典歌合及び百首歌解説、解説、地名索引・人名索引・初句索引を付す。(索引は『詞花和歌集』と共通。)

『金葉和歌集』の全注釈は、他に明治書院の和歌文学大系『金葉和歌集/詞花和歌集』・岩波文庫『金葉和歌集 詞花和歌集』がある。
和歌文学大系『金葉和歌集/詞花和歌集』(『金葉和歌集』の校注担当は錦仁)は、脚注形式で、注は、他の歌集や歌書における当該歌の入集状況・(必要に応じて)大意・語注・解釈や鑑賞の参考となる事項について記す。ただし、大意を付した歌は少ない。巻末に、校異一覧・解説・人名一覧・地名一覧・初句索引を付す。(索引は『詞花和歌集』と共通。)
岩波文庫『金葉和歌集 詞花和歌集』(川村晃生・柏木由夫・伊倉史人 校注)は、上記新日本古典大系版を基に、注を見直してゐる。見開きで、右ページに原文を掲げ、左ページに2段組で注を付す。注は、大意(現代語訳)・語釈・参考事項を記す。注は、文庫としては詳細である。巻末に、初句索引・人名索引を付す。

旧版の岩波文庫『三奏本 金葉和歌集』(松田武夫 校訂)・平凡社の東洋文庫『八代集3』(奥村恆哉校注)は、本文だけで注釈は無い。(東洋文庫『八代集』の注は、勅撰集・説話・歴史物語・歌学・歌論への引用の注記のみで、語釈などは無い。)


今、『金葉和歌集』を読むのなら、やはり最新の注釈書で、携帯しやすく(約700ページとかなり厚いけれど)、注も詳細な岩波文庫『金葉和歌集 詞花和歌集』(川村晃生・柏木由夫・伊倉史人 校注)が好いと思ふ。初奏本は、孤本で巻五までしか残つてゐないが、三奏本を見たい場合は新日本古典文学大系版の付録などを見られたし。
教科書には『金葉和歌集』の歌が採られることは稀だが、教科書によく採られる『十訓抄』の「大江山」の段の小式部内侍の「大江山いくのの道の遠ければまだふみも見ず天の橋立」は『金葉和歌集』所載歌である。(『百人一首』にも採られて有名な歌だが、岩波文庫版等の『金葉和歌集』では、第四句は「ふみもまだみず」になつてゐる。)


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