つま恋から静岡駅へ 「寸又峡」「奥大井湖上駅」

街角の本屋までの旅

2025.12.01

 某旅行会社のツアー「富士山を仰ぐ絶景スポットと個人では行きにくい秘境寸又峡・奥大井湖上駅 2日間」の2日目。(1日目の見所の大半は、以前訪れたことがあるので、今回の主目的は2日目の今日。)
 「つま恋リゾート」は、以前はヤマハが経営してをり、「ヤマハポピュラーソングコンテスト」の決勝会場だつた。何よりも有名なのは、1975年8月2日の夕方から翌3日未明まで行はれた「吉田拓郎・かぐや姫 コンサート インつま恋」が行はれたことであり、フォークソング(Jポップ)の聖地になつてゐる。
 「吉田拓郎・かぐや姫 コンサート インつま恋」は、初の単独に近い(当初は拓郎一人の予定だつた)アーティストによるオールナイトコンサートで、観客動員7万人(諸説あり)は当時としては驚異的な数字だつた。(小生は、当時まだ田舎の中学生だつたので行けるはずもなく、高校1年の時に隣の市の映画館でフィルムコンサートを見た。)

 ホテルメインロビーのエントランスには、70年代の若者のモニュメントがある。

 バスで「寸又峡」に移動する途中、「道の駅 川湯温泉」で休憩。

 売店の裏は大井川の支流・笹間川の川原で、大井川鐵道大井川本線の鉄橋が見える。

 「寸又峡温泉」の駐車場に着く。水車のモニュメントがある。「寸又峡温泉」は、「芸者やコンパニオンは置かない」「ネオンサインはつけない」「山への立て看板は設置しない」の三原則を堅持し〝日本一清楚な温泉保養地〟を目指してゐるといふ。

 駐車場の一角、「寸又峡温泉入口」バス停の後ろに廃線となつた「千頭森林鉄道」で使はれてゐた車輌が保存されてゐる。

 駐車場の傍らには「寸又峡観光案内所」があり、窓に「寸又峡イラストマップ」が貼られてゐた。

 その隣に「南アルプス山岳図書館」がある。南アルプスや大井川関連の資料などを揃へてゐる。

 「寸又峡温泉郷」の入口にある〝大正浪漫〟漂ふ旅館「翠紅苑」

 「寸又峡温泉」は、南アルプスの麓から湧き出す天然温泉。肌をすべすべにしてくれるとろりとした単純硫黄泉で、〝美女づくりの湯〟として知られる。何軒かの旅館・民宿・ペンションがある。

 「晴耕雨読」といふ名のカフェがあり、心惹かれたが、休業日だつた。(言ふまでもなく、このブログのタイトル「晴雨読」は、「晴耕雨読」のもじり。)

 「紅竹食堂」。ヤマメの唐揚げ・茸と川海老の天ぷらなど寸又峡ならではの食材が乗つた「渓流そば」が名物で、「ゆるキャン」にも登場した。

 「外森神社」は、大歳神(おほとしのかみ)・誉田別尊(ほむたわけのみこと)を祭神とする。浮いてゐるやうに見える〝落ちない大石〟が受験生や鳶職に人気だといふ。

 「カジカ沢」に架かる橋の袂にかもしかのモニュメントがある。

 ここにも「晴耕雨読ビレッジ」があるが、やはり休業。

 廃線となつた「千頭森林鉄道」「大間駅」跡。「千頭森林鉄道」は、かつては木材運搬や電力会社の発電所及びダムの維持管理のために使用されてゐた。

 「夢のつり橋」に至る「寸又峡プロムナードコース」入口では、「寸又渓谷保全協力金」(500円)を募つてゐる。この美しい自然を維持するために協力したい。

 盛りは過ぎたが、場所によつては、まだ綺麗な紅葉が観られる。

 「天子の香和家」(厠)。ちよつとお洒落な建物である。公衆トイレは、駐車場を過ぎると、ここと「尾崎坂展望台」にしか無い。

 「夢のつり橋」へ下る坂道の入口に看板があり、寸又峡の歴史湖面の水が青い理由について解説してゐる。「夢のつり橋」は、かつては生活道として使はれてゐたが、今ではつり橋の先の人家は無くなつてゐるさうだ。戦前・戦後にかけて水力発電と森林資源とを目的とした開発が進み、つり橋の下流に「大間ダム」が建設されてダム湖が出来、この景観を作つてゐるといふ。湖面の水が青い理由は、僅かな綺麗な水に微粒子が溶け込み波長の短い青い光だけが反射され、波長の長い赤い光は吸収される〝チンダル現象〟のためで、天候や太陽光の当たり方で、エメラルドグリーンやコバルトブルーなどさまざまに色を変へるのだといふ。

 「夢のつり橋」を渡る順番を待つ人々の列。「夢のつり橋」は、定員10名で、誰かが渡り終へないと次の人は渡り始められない。

 橋の中央の歩行スペースは、板2枚分の幅30〜40cmしか無い。

 「夢のつり橋」は、一方通行で、渡り終へたら、崖を登つて迂回し、「飛龍橋」を渡つて戻る。下の写真は、崖の途中から見下ろした「夢のつり橋」。

 崖を登り切ると、「尾崎坂展望台」と「飛龍橋」に通じる道に出る。「尾崎坂展望台」からは樹木が遮つて「夢のつり橋」は見えないさうだが、トイレや休憩のためのベンチがあり、かつて森林鉄道で使用されてゐたディーゼル機関車も展示されてゐる。

 「飛龍橋」は、かつては森林鉄道のトロッコが通り、寸又峡の歴史を物語るシンボルにもなつてゐるといふ。

 「飛龍橋」を渡つたあたりからも「夢のつり橋」が眺められる。

 寸又峡温泉街にあつた「手造りの店 さとう」で昼食。1962年(昭和37年)から続く老舗ださうだ。「わさびそば」「芋餅」(山芋で作つたもの)を食す。

 バスで大井川鐵道井川線(南アルプスアプトライン)「奥大井湖上駅」を見下ろせる「レインボーブリッジ展望所」に移動。(湖に架かる橋を「レインボーブリッジ」と呼ぶ。東京湾に架かる「レインボーブリッジ」よりも先の命名だといふ。)大井川鐵道の車輌が通るのを待つて撮影。
 「奥大井湖上駅」は、井川線の一部が「長島ダム」の建設によつてダム湖に沈むことから1990年に新線へ移設された際、新駅として開業した。

 崖の急な階段を下つて、「レインボーブリッジ」上の「湖上遊歩道」を渡り、「奥大井湖上駅」へ。

 駅の背後の山には休憩用コテージがあり、駅のホームを見下ろせる。期間限定で
「湖上駅cafe 晴耕雨読」が開業するさうだが、今はやつてゐなかつた。コテージにはトイレがあるが、冬季は凍結の恐れがあるので使用できないこともあるといふ。また、電車か徒歩でしか行くことができない場所なので、バキュームカーを運ぶのも困難で多額の費用が掛かるため、使用者には募金を募つてゐる。小生も協力した。

 ここ「奥大井湖上駅」から井川線(南アルプスアプトライン)の「トロッコ列車」に乗車。

 「長島ダム駅」「アプト式機関車」を連結。「アプト式」とは、カール・ロマン・アプトが発明した、急勾配を上るための鉄道システム(ラック式鉄道)の一種で、アプト式機関車には「ピニオンギア」といふ坂道専用の歯車が付いてをり、線路の真ん中に敷設された「ラックレール」といふ歯形レールを噛み合はせて坂道を上り下りする。現在日本でこのアプト式列車に乗ることができるのは、ここ南アルプスあぷとラインだけである。(「大井川鐵道」HPに拠る。)

 「トロッコ列車」の車内。風を感じながら、車窓から寸又峡の美しい風景が眺められる。

 大井川鐵道井川線(南アルプスアプトライン)は、ほぼ大井川に沿つて走る。

 井川線の終点「千頭駅」で下車。「千頭駅」では、「機関車トーマス」に登場するヒロジェームスが展示されてゐる。

 千頭駅には「SL資料館」が併設されてゐる。(時間が無くて見学はできなかつた。)

 駅前には、「千頭温泉」がある。1997年に源泉が噴出した新しい温泉地で、2軒の宿と1軒の日帰り施設で温泉に入れるのみの小さな温泉地。「寸又峡温泉」方面へのバス乗り場もある。

 「千頭駅」から、バスでJR「静岡駅」に向かふ。新幹線の出発まで1時間半近くあるので、各自自由夕食。
 小生は、静岡駅高架下の商業施設「ASTY静岡」内の「石松ぎょうざ」で夕食。焼き餃子と水餃子とが味はへる「焼き水定食」を食す。水餃子は、大根下ろしとポン酢が掛かつてゐてサッパリしてゐた。「静岡麦酒樽生」も飲み、ほろ酔ひ気分で帰京。

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