ハン・ガン『少年が来る』

積ん読解消 読書日記

2026.02.18

 ハン・ガン(井手俊作 訳)『少年が来る』(クオン)読了。
 「光州事件」を描いた小説で、2024年度ノーベル文学賞を受賞した韓国の女性作家ハン・ガン(韓江)の代表作の一つである。
 「光州事件」は、1980年5月、韓国の光州市で全斗煥による軍事クーデターに抗議した学生・市民の民主化要求の蜂起と、それに対する政府による武力弾圧を指す。その後の民主化運動の原点の一つとなった。
 小説は、作者が執筆の経緯について語るといつた体裁のエピローグを除き、6章から成る。章ごとに主人公が異なり、人称(視点・語り手)も変化する。「一章 幼い鳥」は、二人称で語られる。二人称小説といへば、小生は高校の時に読んだミシェル・ビュトール『心変わり』(清水徹 訳・河出書房新社)を思ひ起こすが、一人称以上に作品に没入し(一人称は誰かの語りを聞くやうな感じもあるので)、自分が物語を経験してゐるやうな気持になる。「一章 幼い鳥」では、「光州事件」で軍によつて惨たらしく殺された人々の姿が生々しく語られる。一部を引用してみる。(小生は、その光景を想像し、胸が締め付けられて息苦しくなつた。)

 講堂内の端まで君は歩いていく。隅っこに横たえられた七人の、こころもち長めのその姿を見る。彼らは頭のてっぺんまですっぽり白い木綿の布で覆われており、若い女性や子どもを捜す人たちにだけ顔をちらっと見せている。あまりにもむごい姿だからだ。
 その中でも端っこに横たえられている人の状態が最も悪い。初めて君が見たとき、彼女は十代後半か二十代初めの小柄な女性だったけれど、腐敗が進んで膨れ、今では胴回りが大人の男性ほどの大きさになった。娘や妹を捜す人たちに覆った布をめくって見せるたびに、君は体が傷んでいく速度に驚く。女性の額から左目と頬骨と顎にかけて、また素肌が露わになった左胸と脇腹には、銃剣で数回突かれた刺し傷がある。棍棒で殴られたような右側の頭骨は、ボコッと陥没して脳髄が見える。それらの目立つ傷が真っ先に腐った。上半身に打撲傷を負って痣になった部分が次に傷んだ。透明なペディキュアを塗った足の指は、けががなくきれいだったけれど、時間がたつにつれて生姜の塊みたいに太くなり黒ずんだ。脛をたっぷり覆っていた水玉模様のギャザースカートは、もう膨れ上がった膝を隠しきれない。

 これから読む人のために、詳しくは書かないが、小説は、章ごとに異なる6人の人物を中心に、活動家や学生やその家族が、どのやうに「光州事件」に関はり、どのやうに命を失つたのか、あるいは心や体に傷を負ひながらその後をどのやうに生きたのかを描く。不特定多数の人が読むブログでは引用を躊躇するほどの凄惨な拷問の実態も語られる。作者は、軍事政権を声高に批判し断罪するのではなく(勿論理不尽な暴力に対する静かな怒りはあるが)、身を切るやうな思ひで、さまざまな人物の眼を通してこの歴史的な事件の実態を伝へようとしてゐる。それが〝生き残つた者〟の責務であるかのやうに…。

 余談。「光州事件」は、軍事政権下の韓国で起こつたことだが、現代日本に生きる我々にとつても無縁のこととは言へない。ロシアや北朝鮮のやうな独裁国家だけではなく、民主主義のはずの国でも似たやうなことが起こつてゐる。しかも選挙で選ばれた大統領がさうした行為を指示してゐたりもする。ヒトラーも、軍事クーデターで政権を奪つたのではなく、当初は正当な選挙で権力を手に入れていつたのだ。そして、権力を掌握すると、憲法を改正して、独裁指導体制を築き、国民を監視し、有色人種・ユダヤ人・障碍者・性的少数者・退廃芸術やナチスに従はない団体などに対して迫害・虐殺を行つた。民主主義が衆愚政治に陥らないためには、歴史を見つめ、過去の過ちに学ぶことが必要である。(それは、仕事やスポーツでも同じだらう。)国民一人一人が、イメージや口当たりの好い言葉ではなく、事実を基にした冷静で理性的な判断をすることが求められる。

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