文房四宝とは、「筆・墨・紙・硯」、すなはち文字・文章ひいては己の思考を整理して表現する道具である。とすれば、現代では、パーソナルコンピュータ(パソコン)がその役割を果たしてゐるだらう。(10代の若者ならスマートフォンだらう。)…といふことで、今回の投稿は、文房具といつても、パソコンについての思ひ出なので、パソコン(特にMac)に興味の無い方は、スルーされたし。また、若干の記憶違ひは御寛恕を!
小生は、教員になつた1985年の冬のボーナスでワードプロセッサー(ワープロ専用機)を購入した。小生が大学生の頃は100万円超だつた日本語ワードプロセッサーも、何とかボーナスで買へる値段になつてゐた。授業のプリントを作るにも定期考査を作るにも、手書きではそもそも読みづらいし、文字を小さくするにも限界があるし、コピーを使用するのはレイアウトに制約があり過ぎるので、自分で作成した文章を活字に近い形で印刷できるのは、画期的だつた。当時は液晶表示は数行分しかできなかつたけれど…。(それ以前は、謄写版印刷だつた。原紙がガリ版からボールペン原紙に変はつたりしたが、手書きの文字を印刷するのは同じだつた。リソグラフが導入され、印刷物のコピーなどを印刷原稿にできるやうになつたが、自分で作つた文章を印刷原稿にするには、やはり手書きだつた。)
ワープロ専用機も進化を続け、小生も2台目を使つてゐたが、1995年の2月にパソコンに移行した。最初に買つたパソコンは、Appleの「Performa 630」だつた。いくつかのバージョンがあるやうだが、小生のものは、「LC 630」にお絵描きソフトなどをバンドルし、15inchモニターやキーボードをセットにしたものだつた。一緒にAppleのプリンタ「Color StyleWriter 2400」を購入した。当時の家庭用Macには、ワープロ・ドロー・ペイント・表計算・データベースなどの機能を備へた統合ソフト「クラリスワークス(ClarisWorks)」がバンドルされてゐたので、一通りの作業はできたが、国語の教材作りには縦書き機能が必須なので、ダイナウェアの日本語ワープロソフト「MacWord」を別途購入して使用した。
ワープロ専用機からパソコンへの移行に慣れたら、職場でも教材作りをしたいと思ひ、ノート型のパソコン「PowerBook 550c」を購入した。(現在は、多くの公立学校で私物のパソコンの持ち込みは原則禁止されてゐるが、当時はまだ禁止されてゐなかつた。)さらに、「Performa 630」は書斎の机の上に置いてゐたが、息子が生まれたばかりだつたのでリビングでも仕事ができるやうに「PowerBook 150」(新古品)を買ひ増しした。以後、基本的に、家ではデスクトップ型とノート型の2台、職場ではノート型、と計3台のMacを並行して使用してきた。
パソコンの寿命(使用期限)は一般に5〜6年と言はれてをり、この30年で、デスクトップ型は「Performa 630」「PowerMachintosh 8500」「iMac G5」「iMac(27-inch,Late 2014)」、ノート型は「PowerBook 550c」「PowerBook 150」「PowerBook 2400」「iBook(White)」「PowerBook G4(Aluminium,12-inch)」「MacBook(13-inch,2009)」「MacBook Air(11-inch,2011)」「MacBook Pro(15-inch,Late 2013)」「MacBook Air(13-inch,M3,Early 2024)」と買ひ換へ(時に買ひ増し)をしてきた。(大半は処分したので、古いものは何年製か正確には覚えてゐない。)住宅ローンに加へ、本とパソコンに給与の大半を費やしてしまひ、長い間なかなか貯蓄ができなかつた。寛大な妻には感謝しか無い。
「PowerBook 550c」は、パームレストの下に左右2つのバッテリーベイを備へ、左側は拡張ベイとして使用可能だつたが、対応製品はそれほど多くなかつたやうに思ふ。
下の写真は「PowerBook 550c」の起動画面だが、システムは「漢字Talk7.5」で、起動時にシステムに組み込まれる機能拡張のアイコンが表示された。1番右のアイコンには「外字キットTT2.1」といふ文字が見えるが、これは外字(JIS第1水準・第2水準に無い漢字や記号)を使用するためのものである。国語では、必要とする漢字の数が多く、標準の文字種では不十分で、少しでも多くの漢字が使ひたくて、外字を(人名用外字も)利用した。(今は、標準で「鷗」の字が使用できるが、この当時は「森鷗外」が「森鴎外」になつてしまふと話題になつた。それはまだ些細なことだつたが…。)

久しぶりに「PowerBook 550c」を取り出したが、最近のMacBookに比べると、筐体は厚く・重く、液晶画面が狭いのに驚く。(重さは、バッテリーを2個入れると3.1kg、液晶は10.4inchで640×480pixel。ちなみに「MacBook Air(13-inch,M3,Early 2024)」は、重さ1.24kg、液晶は2560×1664pixel。)でも、当時の小生にはこれが最高の環境だつた。(やはり重いとは思つてゐたけれど…。)〝思ひ出の文房具〟として「PowerBook 550c」を挙げたのは、最初に使つたノート型パソコンで、やはり思ひ入れがあるからである。(「PowerBook 2400」も思ひ出深いが、処分してしまつて手元に無い。)

国語の教材を作成するには、縦書きが必須である。そこで、前述のやうに、最初は、日本語ワープロソフトとしてダイナウェアの「MacWord」を使用してゐた。他にもエルゴソフトの「EGWORD」やジャストシステムのMac版「一太郎」なども使用したが、順次Microsoftの「MSWord」に駆逐されてしまつた。「MSWord」は、重く(レスポンスが悪く)て、現在でもふりがなを付けると勝手に行間が拡がる(調整はできるが制約が多い)など使ひ勝手は悪いが、MicrosoftのWindowsのシェアとともに「MSOffice」のシェアも拡大し、互換性の面からも「MSWord」が有利だつた。(現在は、「EGWORD」の開発資産を取得した物書堂から「egword Universal 2」が開発・販売されてゐる。)
そこで、小生はワープロソフトではなく、AldusのDTPソフト「PageMaker」を使用するやうになつた。その後、「PageMaker」は開発・販売元のAldusごとAdobeに買収されて、最終的にはDTPソフト「InDesign」に統合され、小生も「InDesign」を使用するやうになる。
DTPソフトは、プロが雑誌や書籍をパソコン上で作成するためのものなので、レイアウトの自由度が高く、さまざまな様式の教材を作ることができた。学校行事の後などは、「Photoshop」も使つて写真入りでカラー版の「学級新聞」を発行したりもした。今では普通だが、30年前はまだカラー写真入りの「学級新聞」は珍しく、保護者にはとても喜んでもらへた。「学校案内」(スクールガイド)を小生がレイアウトして作つたこともある。教員バンドの校内公演のポスターを作つたりもした。(これは「Photoshop」だつたかも?)
一方、JIS第1水準・第2水準に市販の外字を加へても、まだ足りない漢字は多かつた。(その後、第3水準・第4水準が出来、Unicodeにも対応し、仕へる文字数はかなり増えたが…。)まして漢文の返り点などは文字ではないのでフォントには無く、漢文の教材作成には不自由だつた。(教科書会社が専用のソフトを作つたりもしたが、汎用性は低く、使ひ勝手も悪かつた。)そこで、TrueTypeフォントの部品を利用して外字を作成することができるDynaFont「GaijiEditor」を使用して、返り点(や特殊な漢字)を作成した。
上記の小生の使用したMacの一覧で、退職後に買つた(実は退職記念に妻がプレゼントしてくれた)「MacBook Air(13-inch,M3,Early 2024)」以外はいづれも10年以上前の機種だが、「MacBook(13-inch,2009)」も「MacBook Air(11-inch,2011)」も2024年の退職まで現役で使用してゐた。
なぜかと言ふと、正確にはどのバージョンからかは判らないが、少なくともMacOS 10.10.4 Yosemiteからは、小生が作成した外字が使用(表示・印刷)できなくなつたからである。(現在は、MacOS 10.15以降に対応した「DynaFont 外字マエストロ」が販売されてゐる。)だから、外字を使用して教材(特に漢文)を作成するために、退職まで長い間買ひ換へをせずに古いMacを使ひ続けたのだ。プリンタもネットで古い機種を購入した。
〝思ひ出の文房具〟として「PowerBook 550c」に加へて「MacBook(13-inch,2009)」を挙げたのは、小生のMac遍歴の中で、最も長く、15年間(!)も第一線で使ひ続けたからである。


下の写真は、「InDesign」で作成した漢文の教材(ノート)である。B4版縦2段組だが、画面に見えてゐるのは上段で原文と語釈、(見えないが)下段は書き下し文と現代語訳になつてゐる。(生徒用には、重要語は項目だけを示し、語釈の部分は自分で書き込ませるやうにした。書き下し文は自分で書かせ、現代語訳は穴埋め式にした。)返り点の類は、DynaFont「GaijiEditor」で作成した外字である。このレベルの教材は、「MSWard」や「Pages」では作れない(と思ふ)。

思へば、小生の教員人生の大半は、MacとInDesign(PageMaker)とともにあつた。
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