関根慶子 訳注『寝覚(下) 全訳注』

積ん読解消 読書日記

2026.01.18

 関根慶子 訳注『寝覚(下) 全訳注』(講談社学術文庫)読了
 『寝覚』は、平安時代後期に成立した王朝物語で、『夜の寝覚』『夜半の寝覚』などとも呼ばれる。伝本は五巻本と三巻本系統に分かれるが、いづれも中間と末尾に大きな欠脱があるが、その内容は、古筆切や改作本『夜寝覚物語』・『寝覚物語絵巻』・『無名草子』などの史料から推測作業がなされてゐる。本書は、底本の三巻本「前田家尊経閣文庫蔵本」に従つて上中下の3冊としてをり、今回読んだ下巻の後に物語の時間で約10年余の欠脱(末尾欠巻部)があるが、その概要は、本書の末尾で解説されてゐる。

 上巻の内容は、「積ん読解消 読書日記」の2025年8月9日付の投稿「関根慶子 訳注『寝覚(上) 全訳注』」を参照されたし。(https://seiyu-udoku.jp/関根慶子-訳注『寝覚(上)』/
 中巻の内容は、「積ん読解消 読書日記」の2025年12月17日付の投稿「関根慶子 訳注『寝覚(中) 全訳注』」を参照されたし。(https://seiyu-udoku.jp/関根慶子-訳注『寝覚(中)-全訳注』/
 下巻は、内容的に中巻と繋がつてをり、一般に行はれてゐる4部構造で捉へるならば、上巻が第1部、中間欠巻部が第2部、中・下巻が第3部、末尾欠巻部が第4部となる。描かれてゐる時間は、第1部が約5年間、第2部が9年間、第3部が約1年半、第4部が10年以上(推定)となる。第3部の時間が濃密であることが判る。
 上巻では、状況に流されて泣いてゐるばかりで、自ら行動することも自分の気持を訴へることもできなかつた「寝覚の上」(女主人公)が、中・下巻では、懊悩しながらも自己の意志を主張し行動するやうに成長し、その複雑な心理が語られる心理小説的な様相を呈するやうになる。
 大皇の宮の策略により「内大臣」(男主人公)の妻・女一宮の病床に寝覚の上の生霊が現れたといふ噂が立ち、寝覚の上は、内大臣も自分のことを不快に思つてゐるに違ひないと思ひ込む。傷心の寝覚の上が、父・入道の元へ行き出家を願ふと、入道はやむをえず寝覚の上の出家を認める。そのことを知つた内大臣は、慌てて入道に過去の一切を打ち明け、入道は、寝覚の上の出家を認めたことを後悔する。折しも寝覚の上の懐妊が明らかになり、男君は念願叶つて寝覚の上を自邸に迎へたが、寝覚の上の物思ひはその後も絶えることが無いのだつた。
 下巻で、寝覚の上は内大臣の息子を出産し、二人の心が通じたかに思へた時もあつたが、内大臣の執拗な嫉妬に悩まされ、寝覚の上の気持は冷めてしまふ。帝からの手紙への返事を詮索して厭味を言ふ右大臣に対する寝覚の上の心中語を引用しておく。(小生も、若い頃を振り返ると忸怩たるものがある。なほ、引用文の現代語訳は、関根の訳を小生がちと手直しした。)

「故殿の、この御事をゆめばかりかすめ出で給ふに、わがいみじとうち変るけしきを見給ひては、いみじき過ちしつとおぼして、ひきかへこしらへなぐさめ、思ひながら、かけてもかけ給はざりしものを、あながちにこの御心をばつつみ思ふかひなく、はかなきほどの罪あるまじきことをも、かくのみとりなし給ふ。こよなき御心のほどなかりし。おぼつかなくてへだたる日頃の事などをもさしおきて、すずろなる事を言ひ出て恨み宣ふ。『なぞ、あいなく。いく世あるまじき世に、うけばり物を言はであらむかし』と思ひけちてすごすを、あまり心もなきものと、あなづりやすくおぼすなめりかし。いかに世を思ふらむなど、はばかりおぼす所のなきよ。いみじく物思ひ知り、なべてならぬものに思はれたる人も、憂き我からに浅くなりぬるかたは、その御心のけぢめもなかりけるをや」

【現代語訳】
「故関白殿は、この右大臣との事をほんの少しばかりほのめかしなさると、私が辛いと思つて顔色を変へる様子を御覧になつてからは、ひどく悪い事をしたとお思ひになつて、思ひ返して私の機嫌を取り慰め、御存じでありながら、それからは口にもなさらなかつたのに、一方右大臣は、私がひたすら右大臣のお心に配慮してゐるかひもなく、ちよつとした罪もなささうな事まで、これほどまでに取り沙汰なさる。あまりにひどいお心だわ。私が不安でゐるのに何日も訪れもなかつたことなどもさしおいて、理由の無い事を言ひ出してお恨みになる。『どうして、困つたことばかり…。いくらも先の無い世の中に、表立つてものを言ふのはやめよう』と自分の気持を押し殺して過ごしてゐるのを、あまりに鈍感な女だと、あなどりやすくお思ひになつてゐるのでせうよ。どんなに御自分との仲を思ひ悩むだらうかなど、少しも遠慮なさるところもないのだわ。大層分別があり、とても立派な人だと世間で思はれてゐる人も、情けない我が宿世の故に配慮が浅くなつてしまつたといふことは、そのお心の分別も無かつたといふことね」

 そもそも中納言だつた当時の内大臣が、別人だと思つてまだ少女だつた寝覚の上の寝所に忍び込み、しかも他人を騙つたことが、寝覚の上を苦悩の人生に落とした発端である。にも拘はらず、内大臣は軽率で寝覚の上の気持を理解する想像力が欠如してゐる。
 上巻の物語冒頭で「人の世のさまざまなるを見聞きつもるに、なほ、ねざめの御なからひばかり、あさからぬ契りながら、よに心づくしなるためしは、ありがたくもありけるかな。(男女の間柄の種々さまざまなのを、今まで随分見聞きしてきたが、やはり、寝覚のお二人の仲ほど、深い宿縁で結ばれながら、実に心労の限りを尽くした例は、滅多に無いものだつた。)」と語られてゐたが、苦悩するのはもつぱら寝覚の上である。下巻の末尾も「よるのねざめ絶ゆる世なくとぞ。(寝覚めがちな夜がいつまでも絶えることが無いといふ…。)」と結ばれてゐる。(後人が最後に付けて結んだ可能性もあるが…。)寝覚の上の苦悩は終生尽きることが無い。
 この下巻の後の「末尾欠巻部」の内容を関根の解説をもとに簡単に纏めておく。(「中間欠巻部」に比べて、資料が断片的で不明確なところが多いといふ。)
 寝覚の上の娘・石山姫が東宮妃となり、東宮が即位すると、石山姫の立后、故関白の娘・内侍の督が生んだ皇子の立太子などが続く。右大臣も関白となり、世俗的には寝覚の上は幸福になつたやうに思はれるが、またもや寝覚の上を悲劇が襲ふ。寝覚の上に執着してゐた帝の退位後、懐妊中の寝覚の上は白河院に幽閉され、帝(冷泉院)に接近されたが、死を装つて(あるいは気を失つて)やうやく脱出して身の危険を逃れたといふいはゆる〝偽死事件〟が起こる。寝覚の上は、脱出後も蘇生を秘してゐたらしいが、やがて関白の知るところとなり、その後寝覚の上は女児を出産、関白の許しを得て出家した。一方、寝覚の上の息・「まさこ」は、承香殿の女御腹の女三宮と相愛の仲となり、そのことを知つた冷泉院は激怒し、まさこを勘当するといふいはゆる〝まさこ君勘当事件〟が起こる。まさこの勘当は、母・寝覚の上が山の座主を介して冷泉院に許しを乞ひ解決したが、寝覚の上の苦悩は尽きることが無かつたやうだ。

 ところで、関根の現代語訳は、日本語としてこなれてゐないと思ふところが少なくはない。勿論、作家の現代語訳が、現代の読者が歴史小説や時代小説を読むやうに愉しめるものにするために時に大胆な意訳をするのと違ひ、注釈書での研究者の現代語訳は、現代とは語彙のみならず文化も言語感覚も違ふ古典の文章に対して最終的な解釈を示すためのものであり、現代日本語として不自然なものになるのはやむをえない場合もある。ただ、もう少し改善の余地はあつたのではないかと思ふ。
 とはいへ、小生のやうな浅学菲才の徒は、注釈書無しに古典を正確に読むのは困難である。『寝覚』はいささか読みにくい作品だつた。中巻の「積ん読解消 読書日記」の投稿でも書いたが、書かれてゐない主語が文の途中で変はることが頻繁で(しかも唐突なことがあり)、叙述の省略も多く、戸惑ふことが多かつた。(小生の主観だが)他の作品より音便化する語の範囲も広いやうに思ふ。やはり、注釈書の存在はありがたく、研究者に対する感謝の念を感じずにはゐられない。

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