NHKスペシャル取材班『新・古代史 グローバルヒストリーで迫る邪馬台国、ヤマト王権』

積ん読解消 読書日記

2025.08.13

 NHKスペシャル取材班『新・古代史 グローバルヒストリーで迫る邪馬台国、ヤマト王権』(NHK出版新書)読了。
 研究の進展により、自然科学も人文・社会科学もその成果は日々更新されてゆく。小生が学生の時に学んだ内容も、現在では否定されて新しい学説が定説になつてゐることもあり、教科書の内容も随分書き換へられてゐる。したがつて、世界を正しく認識するためには、時々知識をアップデートしなければならない。
 本書は、2024年3月に放送された「NHKスペシャル 古代史ミステリー」の取材をもとに、ディレクターの夫馬直実と田邊宏騎が執筆したもので、グローバルヒストリー新たな遺跡の発掘・調査科学技術の進展によつてもたらされた、古代史研究の最前線を伝へようとしたものである。
 「グローバルヒストリー」とは、国境を越えて地球規模のスケールで歴史を俯瞰することで、日本の歴史を研究するためには、当時の中国や朝鮮半島の状況との関連を踏まへて考察する必要があるのは、当然のことである。日本は固有の文字を持つてゐなかつたので、中国から伝はつた漢字を用ゐて『古事記』や『日本書紀』や『万葉集』や「風土記」が書かれるやうになる以前の歴史は、中国の文献に拠る必要がある。我々も、中学や高校の教科書で『後漢書』中の「列傳卷七五 東夷傳」の倭(光武賜以印綬)の記事や『三国志』中の「魏志倭人伝」卑弥呼の記事を読んだ。「魏志倭人伝」の記述から「邪馬台国」が九州にあつたか畿内にあつたかの論争が続いてゐるのは周知のことだらう。
 「魏志倭人伝」には卑弥呼が中国の魏に使者を派遣した記事があるが、なぜ卑弥呼は魏に使者を派遣したのかを考へるには、当時の日本だけではなく、朝鮮半島や中国の情勢を踏まへる必要がある。狗奴国と熾烈な争ひをしてゐた邪馬台国が、中国(魏)の後ろ盾を得ることで倭国内で優位な地位を占めようとしたことは想像に難くない。だが、魏は、なぜ東方の島国の小さな国からの使者を破格の対応でもたなしたのか? 当時の中国は、魏・呉・蜀の三国が存亡を賭けて戦ふ三国志の時代だつた。魏は、倭国が呉と手を結んだ場合のリスクを考へる必要がある。さうした情勢を踏まへて、各国は外交戦略を練る必要があつたのだ。
 また、中国でも日本でも韓国でも、近年、公共工事や民間開発などに伴つて遺跡の発掘・調査が行はれてゐる。その結果、新たに判明した事実もある。
 例へば、日本特有の墳墓だとされた「前方後円墳」だが、近年の発掘調査の進展によつて朝鮮半島にも存在することが明らかになり、その築かれた時期(日本から朝鮮半島に伝はつたやうだ)や当時の中国・朝鮮半島の情勢から、日本と朝鮮半島が密接な関係を持つてゐた事情が見えてくる。
 さらに、科学技術の発展も、古代の姿に新しい光を照射する。
 奈良県纏向遺跡の南側にある「箸墓古墳」は、最古の巨大前方後円墳だとされるが、正確な左右対称で、高度な盛土技術を用ゐてをり、在地以外の技術や人材の必要性が指摘されてゐる。その「箸墓古墳」が作られた時期を、箸墓の周壕の跡などから出土した土器の破片に付着した炭素を分析して推定すると、西暦240年から260年の間だつたと考へられるといふ(国立歴史民俗博物館「研究報告2011『古墳出現期の炭素14年代測定』)。さうすると「二五〇年前後で、これだけ大きな古墳をつくって葬送しないといけない人物と言えば、今のところ、一人しかいない。邪馬台国、そして倭国の女王であった卑弥呼というのが可能性としては大きいのではないか」(大阪大学・福永伸哉特任教授)といふ見解が現れるのは当然である。(放射線炭素同位体年代測定には誤差もあるので、別の年代測定法による多角的な検証も必要であり、実際にさまざまな年代測定法が開発されてゐる。)ただし、箸墓古墳に眠るのは、崇神天皇や卑弥呼の後に女王となつた壱与だとする説もあるさうで、今後の研究の進展が俟たれる。
 上記の例は本書に拠るが、雑な纏め方をしてゐるので、詳しくは本書を読まれたし。
 

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