PLATINUMの古い万年筆で、キャップとボディに羊の革が巻かれてゐるのが特徴。そこから「シープ」と名付けられたやうだ。首軸は深紅、キャップとボディに巻かれた革は黒柿色である。ペン先は14金で「細字」の表記がある。(PLATINUMの公式HPでは、「HISTORY」の1967(昭和42年)の項に「世界で最初の羊革巻きの万年筆〈プラチナシープ〉5,000円発売。」とある。)

母の形見である。
小生は、高校を卒業すると進学のために上京した。母は、時々米や缶詰などを送つてくれたが、荷物を詰めた段ボールの中には母の手紙も入つてゐた。母がその手紙を書いてゐたのが、この万年筆である。インクは、当時一般的なブルーブラックだつた。(父からの手紙が入つてゐたことは無かつたが、男親はそんなものだらう。)
母は、小生が30歳の時に、蜘蛛膜下出血で急死した。54歳だつた。1度目の発作の報せを聞いて、車を飛ばし、妻と妹と一緒に病院に駆け付けた。その時は意識が戻り、集中治療室で面会することができたが、入院中に2度目の発作があり、その後は目を覚ますことは無かつた。
葬儀を終へしばらくして、形見分けをする段になり、この万年筆は小生が貰つた。
しばらくは時々手にして試し書きをしたりしてゐたが、そのたびに母とのあれこれを思ひ出して切なくなつた。…中学時代のある朝、母と諍ひをしたことがあつた。その日の弁当の握り飯を食べると梅干しが7個も入つてゐた。そんな茶目つ気もある母だつた。母が一度だけ突然一人で東京の小生の家を訪ねて来たことがあつた。東京に出て行き夏休みと正月くらゐしか帰つて来ない息子のことをどう思つてゐたのだらうと思ふと、申し訳ない気持になる。
この万年筆は、今では抽斗の奥にしまつたままで滅多に手に取ることも無いが、時々思ひ出したやうに取り出してみると、我が身の不孝を思ひ、ちよつぴり胸が痛む。
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