ハン・ガン『すべての、白いものたちの』

積ん読解消 読書日記

2025.08.15

 ハン・ガン(斎藤真理子 訳)『すべての、白いものたちの』(河出文庫)読了。
 2024年度ノーベル文学賞を受賞したハン・ガン(韓江)の代表作の一である。
 現代小説なので、これから読む人のために、内容に立ち入つた説明は避けるが、「1 私」「2 彼女」「3 すべての、白いものたちの」の3部構成で、基本的に〝〟のイメージを持つ散文詩のやうな断章が、時折挿入される白黒の写真とともに重ねられてゆく。通底するのは、生まれて2時間で死んだ姉から譲り受けた生を生きる主人公の思ひであり、それが端正な文章で静かに綴られてゆく。
 光州事件をテーマにした小説『少年が来る』が無事刊行され、「しばらくどこかへ行って休むのはよさそうだ」と思った作者が、友人の招待でワルシャワで休暇を過ごす中で書き始めた小説である。作者自身が語るその契機を「作家の言葉」(あとがき)から引く。

 そうやって十月が終わるころ、ユスチナが勧めてくれた蜂起博物館を一人で訪ねた。展示をすべて見たあと、付設の上映室で一九四五年にアメリカの空軍が撮影したこの都市の映像を見た。飛行機が都市にむかって徐々に接近していき、白っぽい雪におおわれた風景がだんだん近づいてきた。だが、それは雪ではなかった。一九四四年九月の市民蜂起の後、ヒトラーがみせしめとして絶滅指示を出した都市、爆撃によって九五パーセント以上の建物が破壊された都市、白い石造りの建物が打ち壊されて灰色の残骸となり、果てしなく広がっていた七十年前のその都市を、私は息を殺して見守った。私のいるここが「白い」都市だということにそのとき気づいた。その日、家に帰る途中で私はある人のことを想像していた。その都市の運命に似た、破壊され、しかし根気強く再建された人を。それが私の姉だということを、私の生と体を貸し与えることによってのみ、彼女をよみがえらせることができるのだと悟ったとき、私はこの本を書きはじめた。

 「その都市(ワルシャワ)の運命に似た、破壊され、しかし根気強く再建された人」は、「私」(作者)の姉だけではないだらう。現代の韓国の人たちも、光州事件を初めとする民主化闘争の過程で死んでいつた人たちが望んだ民主化を真に実現することによつてのみ、彼・彼女らをよみがえらせることができるのだらう。
 そして、我々日本人も…。奇しくも、今日は8月15日…終戦記念日である。

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